秋の夕暮れ

akinoyufugure-1

見渡せば花も紅葉もなかりけり 浦の苫屋(とまや)の秋の夕暮れ(新古今和歌集:藤原定家)
Miwataseba hana mo momiji mo nakari keri ura no tomaya no aki no yufugure
(Shinkokin Wakashū:fujiwara no Sadaie)

鎌倉から江戸時代までの中世から近世へと時代が変遷していく過程で、「侘び」「寂び」という言葉に表現される、閑寂・簡素・枯淡の境地に美意識を見出していく背景には和歌文学の伝統がありました。
そのなかで、新古今和歌集の秋部に”三夕の歌 ”として寂蓮(じゃくれん)・西行(さいぎょう)の歌と並んで配列されている藤原定家(ふじわらのさだいえ)の和歌は、侘び茶の精神を象徴する和歌としてよく引用されます。
千利休の侘び茶を伝える『南方録』(なんぼうろく)で、侘び茶を切り開いた村田珠光(むらたしゅこう)の後を引き継いだ利休の師、武野紹鴎(たけのじょうおう)が「花紅葉を知らぬ人の、初めより苫屋には住まれぬぞ。ながめながめてこそ、苫屋のさびすましたる所は見立てたれ。これ茶の本心なりといわれしなり。」と定家の歌を引き、色彩豊かな花紅葉を眺めつくしてこそ、苫屋の侘びた寂しさが見出され、これこそ侘び茶の心であると説いています。

『南方録』は、利休の没後100年ほど経た江戸時代の元禄年間に福岡藩の家老、立花実山(たちばなじつざん)によって編まれたとされています。利休の死から100年、利休の侘び茶に回帰しようとする流れが起こった時期のものです。成立に謎や疑問の残る書ではありますが、利休の侘び茶を理解する上で参考になる書です。元禄年間に興った侘び茶への回帰の流れは、本阿弥光悦・俵屋宗達を始祖とした琳派の系譜を受け継ぐ尾形光琳・尾形乾山兄弟の作品の内にも反映されているように感じます。
また、1906年 (明治39年)に ニューヨークで出版された岡倉天心の『茶の本』の第4章「茶室」のなかにも「露地のしつらえ方の奥意は次の歌の中にある」として定家の歌を引いています。
花紅葉の華麗で感覚的な見た目や形の美しさと対照的な苫屋以外みえない景色は、「侘び」「寂び」で表現される奥底にある目に見える形ではない心の美、命の再生を内包する枯野の美が想い起こされます。

移ろい行く自然をあるがままに受け入れ、必要のないもの一切を削ぎ落とすことで生まれる閑寂の世界を表現した一首を書で表しました。

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