色のゆかりに

ironoyukari-

三月

行春(ゆくはる)のかたみとやさく藤の花 そをたにのちの色のゆかりに
雲雀(ひばり)
すみれさくひはりのとこにやどかりて野をなつかしみくらす春かな
(『拾遺愚草』 中巻「詠草花鳥和歌」三月:藤原定家)

新古今時代を代表する平安末期から鎌倉初期に活躍した歌人、藤原定家(ふじわらのさだいえ)の私家集『拾遺愚草(しゅういぐそう)』の中巻に収められている、「詠花鳥和歌」(えいかちょうわか)各十二首にある三月を花鳥をテーマにそれぞれ一首詠んだものを書で表したものです。「詠花鳥和歌」は、十二ヶ月の花鳥をそれぞれ各月一首ずつ、合わせて二十四首詠まれています。
「詠花鳥和歌」は、茶の湯の普及と発展に伴い、定家の和歌の「見渡せば花も紅葉もなかりけり 浦の苫屋の秋の夕暮」が侘び茶の境地とされてより、絵画や工芸の主題として流行し、江戸時代には多くの作品が生み出されました。

そのなかでもの尾形乾山(おがたけんざん)筆「定家詠十二ヶ月和歌花鳥図 (ていかえいじゅうにかげつわかかちょうず)藤・雲雀)図(三月)」(出光美術館蔵)が浮かびます。尾形乾山が活躍した元禄年間の頃は、利休の没後百年に起因した侘び茶への回帰への流れがあった頃でもありました。「定家詠十二ヶ月和歌」を主題に同年代の狩野派・土佐派・住吉派などの絵師の作品にも残されており、盛んに制作されていた主題であることが窺えます。
尾形乾山筆の「定家詠十二ヶ月和歌花鳥図 藤・雲雀図(三月)」(出光美術館蔵)は、和歌を書と絵画によって一つの画面に表現したものです。藤は、松にかかる姿で和歌の心を描き、雲雀は春の野辺に菫(すみれ)の花が咲く情景のなかで遊ぶ姿によって和歌の心が表現されています。
また、乾山の作品には同じ主題で角皿の表面を絵画で表し、裏面に和歌を書で表した作陶の作品があります。表面に描いた絵から裏面に書かれた和歌を想い起す趣向による立体表現を試みたものです。

定家の「詠花鳥和歌」で三月を表す花として藤を主題にして詠んだ歌からは、藤の紫の色と”ゆかり”という詞から源氏物語を想い起します。晩春から初夏へと移り変わる季節、淡紫色の花を房状に咲かせる藤は、そのみずみずしい美しさから人々に愛されて「暮れゆく春を惜しむ花」として捉えられていました。
三月を表す鳥として雲雀を主題に詠んだ歌からは、万葉集にある「春の野にすみれ摘みにと来こし我ぞ野をなつかしみ一夜寝にける」という山辺赤人(やまべのあかひと)の歌が想い起され、古歌を慕う心と春の野辺の懐かしさを呼び起こすものとして菫が受け継がれてきたことが読み取れます。
定家が三月を象徴するものとして歌題に選んだ藤と雲雀の二首からは、藤の紫と菫の紫が心に残り、菫の咲く長閑な春の野を想い起してくれるのと同時に”紫のゆかり”を連想させます。三月を象徴する歌に託された定家の心は、泉鏡花が『雛がたり』で菫雛(すみれびな)のなかにも受け継がれていると感じます。

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