蓮の浮葉

風吹けば 蓮の浮葉に 玉こえて 涼しくなりぬ ひぐらしの声(金葉和歌集:源俊頼)
Kaze fuke ba hasu no ukiha ni tama kote suzusiku narinu higurashi no koe
(Kinyou Wakashū:Fujiwara no Toshiyori)

夕立が去ったあとの水辺の蓮の葉に置く「露」を題材に、納涼を詠まれた一首。一首は、第5番目の勅撰和歌集『金葉和歌集』(二奏本)の夏歌に撰集されています。院政期に白河院の院宣を受け、一首を詠んだ源俊頼(みなもと の としより)が撰者となり、編纂されました。

初めての勅撰集『古今和歌集』が撰進されてから、それに続く『後撰』『拾遺』『後拾遺』では、前代を受け継ぐ名称を持つのに対し、”きわめて優れた言の葉”を意味する名称を持つ『金葉和歌集』では、自由な表現・清新な素材と表現による叙景歌などに特色がある、新しい和歌の表現を模索した、当代の新風歌人による歌が多く撰集されています。古今時代から200年ほど経ち、社会情勢も大きく変化しました。その筆頭である俊頼は、そうした時代の変化の要請を背景に、感覚的に対象を捉え、清新で理知的な技巧を凝らした歌を詠みました。

俊頼の一首には、次の詞書があります。
「水風晩涼といへることをよめる」

詞書にあるとおり、夕立が降った後の涼風が水面を渡り、水面に浮く蓮の葉に置かれた露の玉は、風によって葉の上から転がり、こぼれて池に落ちます。辺りには静けさが戻り、ひぐらしの声が涼感をさらに深めます。

脆く儚く消え、跡形もとどめない清らかな美しさを持つ「露」。「露」を玉に見立てる着想は、万葉の時代よりみられます。「露」は涙にも譬えられ、景物に心情を託し歌に詠まれてきました。秋には、風に靡く草葉に置く露の玉の風情にしみじみとした秋の情感が託されました。春には、風に靡くしだれ柳を糸に見立て、そこに置く露の玉の風情に長閑な春の情感が託されました。

俊頼の一首は、蓮を清涼感ある夏の水辺の景物として詠みました。水面に浮く蓮の葉に置かれた清らかな露の玉の動きを写実的に捉え、斬新な表現で爽涼感を伝えています。

清新な表現と細やかな観察による、静謐で清らかな叙景歌を書で表しました。

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