和紙人形:washi doll」カテゴリーアーカイブ

美濃の昔ばなし 4(喪山伝説)

古事記に記されている喪山の由来について美濃に伝わるお話です。
喪山とは亡くなった天稚彦命(あめのわかひこ)の喪屋(亡くなった人を弔う小屋)が飛んで行き喪山(美濃市大矢田)になったというものです。
画像は和紙人形作家の岩井昌子さんが製作された作品です。
喪山伝説で私が担当したのは舞台背景の木とそこにとまっている雉、弓矢です。
喪山の伝説のあらすじは次のようなものです。

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高天原の天照大神は大己貴命(おおなむちのみこと)に国を譲るようにと天稚彦命(あめのわかひこ)を使いに出します。
しかし、天稚彦命は大己貴命の味方になり、その娘の下照姫(したてるひめ)と結婚して帰りません。
いつまで待っても何の報告もないため天照大神は、名鳴女(なきめ)という雉をつかわします。
大神のことばを伝え鳴く雉の名鳴女を天稚彦命は矢で射てしまいます。
矢は名鳴女の胸を貫き高天原まで飛び天照大神の前に落ちます。
大神はそれが天稚彦命に与えた矢であることを知り、敵方についたなら矢があたるようにと矢を射返しました。
矢は天稚彦命の胸にあたり亡くなってしまいます。

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画像は喪山伝説で担当した雉をクローズアップしました。
仲睦まじく下照姫と暮らす天稚彦命の前に現れた雉。
天稚彦命は雉を射落とそうと弓矢を手にしています。
雉は天稚彦命が使命を忘れて帰る気のない様子に怒りや裏切られたという疑念を持っています。
こうした厳しい感情を表現することはあまりありません。
悲劇ですが違った側面も見ていただきたいと思い紹介しました。
なお、美濃の昔ばなし2の画像で作品を後ろから見たところをご覧いただけます。

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美濃の昔ばなし 3(恵照院の円空様)

円空は美濃の国(現在の岐阜県)の生まれで、美濃地方にも数多くの木彫りの仏像が伝えられています。
私が出展したのが、「恵照院の円空様」という美濃市前野に伝わるお話です。
お話のあらすじは次のようなものです。
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昔、前野の村に坊さまが通りかかりました。
村のあちこちで、泣きながら子どもの名を呼ぶ親たちの声が聞こえてきます。
坊さまが村人から訳を聞くと疫病がはやって子どもが次々と亡くなっていくといいます。
そこで薬師さまを削り、病気の子どもにそれをなでるようにといいます。
また、亡くなった子どもたちの供養をします。
しばらく村にとどまった坊さまは、少しばかり首をかしげたお地蔵さまを削って村人たちに残すと旅立って行きました。
その坊さまが円空だったというものです。
お地蔵さまは今もお寺に伝わっています。
円空様がお地蔵さまを彫り上げてそっと旅立とうというところを表しました。

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美濃の昔ばなし 2

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美濃に伝わる昔ばなしを参加された作家がそれぞれ一話を担当し、作品に表しました。
美濃和紙の里会館の企画展では和紙を使って立体感あるディスプレーがされているところもみどころです。
入り口から見た展示の様子をクローズアップしました。


展示台の上段の右端にある作品が木彫の仏像を各地に残した円空のお話を制作し出展したものです。
画像の中段にあたる展示台の左端に「十二支の始まり」が展示されています。
「十二支の始まり」は美濃の昔話ではありませんが、年頭の企画展ということと日本の民話として親しまれているということでの出展となりました。
下の画像は会場の奥の様子です。
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美濃の昔ばなし 1

2009年1月16日より3月23日まで「和紙のひなまつり展」が岐阜県美濃市の美濃和紙の里会館にて開催されます。
美濃和紙の里会館では1994年に開館以来、美濃市主催(協力:全日本紙人形協会・おりがみ会館)により和紙人形の企画展がたびたび開催されています。
私も企画展に参加してまいりました。
2009年の「和紙のひなまつり展」にも出展する予定です。
「和紙のひなまつり展」については後日お知らせいたします。
過去に開催された企画展の中でも美濃まつりの「花みこし」の展示と「美濃の昔ばなし」の展示は美濃にまつわる題材を制作したことで心に残っています。
花みこしは春らしい華やかな色合いの美濃和紙を竹で出来た軸に取り付けみこしに飾り、揺らしながら町を練り歩くお祭りです。
残念ながらこちらは随分前の展示でデジタル画像がありません。
そこで、2005年に開催されました「美濃の昔ばなし」の企画展について5回にわたり紹介してまいります。

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