月別アーカイブ: 2018年7月

手向山楓

江戸後期、宝永7年(1710年)に江戸の巣鴨染井村の植木屋、伊藤伊兵衛の五代目政武(まさたけ)が『古今和歌集』、『新古今和歌集』などで知られている三十六歌仙に選ばれた歌人の詠んだ和歌の意になぞらえて三十六の品種名とその特徴を図絵を添えて解説した著書、『古歌僊楓』(こかせんふう)に発表したものの一つ。

手向山(たむけやま)楓は、『古今和歌集』に撰集されている菅原道真の一首より引かれています。

このたびは 幣(ぬさ)もとりあえず 手向山(たむけやま) 紅葉の錦 神のまにまに(菅家)

今度の旅は、急なことで幣(ぬさ)を用意する間もありませんでした。手向山(たむけやま)の紅葉を捧げますのでお受け取り下さい。

と詠まれたもので、紅葉を幣(ぬさ)として奉るという着想にこの歌の面白味があります。
幣(ぬさ)とは、神前に供える幣帛(へいはく)をいいます。紙・麻・木綿など細かく切ったものを幣帛(へいはく)としました。

手向山(たむけやま)楓の特徴は、枝垂れた枝に他の楓に比べて細長く、深い切れ込みが入るところに特徴があります。道真の楓を幣に喩えた着想が、葉の形状や枝垂れた樹形から想起されます。

新芽は紅色をしており夏には緑、秋に再び紅色に紅葉します。紅色の繊細な葉が優美な手向山(たむけやま)楓を和紙の繊細な色合いと柔らかな質感で表し、扇子にあしらいました。

”Tamukeyama”

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鴫立沢楓

江戸に徳川幕府が開かれたことをきっかけに、江戸城をはじめ大名屋敷や武家屋敷、寺社仏閣の造成に従い、城や屋敷、寺社の庭園を演出する樹木としてブームとなった楓。
庭園を彩る樹木の生産地、江戸の巣鴨染井村の植木屋、伊藤伊兵衛の五代目政武(まさたけ)は和歌を引き、品種名として園芸種を発表しました。春よりも多くの和歌が詠まれてきた秋。和歌の伝統によって、秋の美意識を楓に託し、江戸の人々に広めました。

文学を取り入れ、風雅な植物として発展させたことを偲ばせる園芸種より、秋の夕暮れを詠んだ『新古今和歌集』秋歌上に排列されている三夕の歌、西行の一首

心なき 身にもあはれは しられけり 鴫たつ沢の 秋の夕暮 

より引かれた名を持つ「鴫立沢(しぎたつさわ)」を和紙で表しました。

鴫立沢(しぎたつさわ)楓は、政武が江戸後期、寛保二年(1742年)に刊行された『三夕楓之図』(さんせきかえでのず)で発表しています。西行の一首を引いた「鴫立沢」(しぎたつさわ)、寂連法師の一首を引いた「槙立山」(まきたつやま)、定家の一首より引いた「浦苫屋」(うらのとまや)の三夕楓(さんせきかえで)の3つの品種うち、「鴫立沢」(しぎたつさわ)は現存する唯一の品種です。

浅緑の明るい葉色に葉脈の筋がくっきりと浮かび上がったところが爽やかな印象の楓です。薄く柔らかな楓の葉の質感と鴫立沢(しぎたつさわ)楓の個性を和紙の特性と線描によって表し、短冊にあしらいました。

”Shigitatsusawa”

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