庭のむしはなきとまりぬる雨の夜の かべに音するきりぎりすかな(風雅和歌集:京極為兼)
Niha no mushi ha naki tomari nuru ame no yo no kabe ni oto suru kirigirisu kana
(Fuugawakashū:Kyougoku Tamekane)
庭の虫が雨で鳴き止んだ秋の夜。壁の辺りからひっそりとコオロギの鳴く声が聴こえます。キリギリスは、コオロギの古語で秋の夜長を実感する風物として詠まれてきました。
『風雅和歌集』では、秋歌中の部で初雁を詠んだ歌に始まる「雁」を歌題とした歌に続き、「虫」を歌題とした中に排列されています。歌の詞書には、
伏見院の御時、六帖の題にて人々歌詠ませさせ給まひけるに、秋雨を
とあり、秋雨の季節を詠んだ歌であることを示しています。
為兼の歌は、外界の雨音から内界の虫の音に気づく手掛かりとして”壁”を境界として音を聞き分け、表現したところに京極派らしさを感じます。庭の景観の広がりから視点を傍らの壁に移し、気づいたコオロギの声が心に深く染み入ります。しとしとと秋雨の降る夜の静寂さが、暗闇から聴こえてくるコオロギの澄み切った声によって一層極まって感じられます。