草雛に想う

災厄を祓い、身の穢れを移すために人の身代わりとした形代(かたしろ)のひとつとして古代より伝承されてきた草雛を和紙によってイメージしたものです。
萱草(かんぞう)や著莪(しゃが)、菖蒲(しょうぶ)など、剣のように平らで細長い形状の葉を重ねて人の形に象り、雛に見立てられてきました。著莪(しゃが)のように常緑の葉を持つものもあります。まっすぐに伸びた生命感溢れる葉の形状を素直に生かしたシンプルな姿は、植物の持つ荘厳さを想います。

古代中国の『礼記』(檀弓下155)の中には、

芻霊(すうれい)は、古より之れ有り、明器の道なり。

とあります。
芻霊(すうれい)とは、草を束ねて人形に象ったものをいいます。亡くなった人と共に葬られました。明器とは、副葬品をいいます。孔子の生きていた時代よりも遥か昔からあったと記しています。『礼記』の中で、孔子は草で象った人形は人の身代わりとして抽象的にイメージを形にしたものであるのでよいとしました。その背景には、副葬品として人を立体感ある写実的に表現したものは殉死を想わせるとしています。

草を象った草雛が人の身代わりとして祓う形代とされてきた背景には、『礼記』の思想より影響を受けたものがあると思われます。上代の日本では、万葉集に残されている歌にみられるように野にある多種多様な素朴な植物に想いを託してきました。花に限らす、葉や実、根、茎、幹など植物の恩恵によって衣食住が支えられてきた感謝の念を草を形代としたものに感じます。

草雛から発展した花を雛に見立てた花雛には草花遊びによる花雛、和紙を衣装にした紙雛(かみひいな)に見立てた優美な花雛の2つの流れがあります。春の到来の悦びを形に込めた草花遊びから生まれた花雛、紙雛に見立てた花雛のいずれにもその根底には草雛に託されてきた伝統が受け継がれています。
また、子どもの健やかな成長を祈り、子どもの身を守る形代とされた雛の原形とされている「天児(あまがつ)」や「這子(ほうこ)」などにみられる人の体形を省略した素朴で簡素な形式に表現したものにも窺えます。

また、以下のリンク先の記事にて(2017年6月14日「茅の葉」)沢辺の茅(ちがや)を刈り、人形(ひとがた)にして形代(かたしろ)となし、心身についた穢れを祓う行事を和歌に詠まれ例を記しています。

茅の葉

画像の作品は、厚みのある和紙によって葉を縮小し、和紙による葉を実物の葉と同じように重ねて雛に見立てたものです。女雛の高さは、3.5cmほどです。

”Hina Dolls”

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