花橘

雨そそぐ 花橘に風すぎて 山ほととぎす 雲に鳴くなり(新古今和歌集:藤原俊成)
Ame sosogu hana tacibana ni kaze sugite yama hototogisu kumo ni naku nari
(Shinkokin Wakashū:Fujiwara no Toshinari)

平安末期を代表する歌人の一人、藤原俊成(ふじわらの としなり)の詠んだ一首です。
『新古今和歌集』夏歌で、「時鳥(ホトトギス)」を歌題として詠まれた中に排列されています。「時鳥(ホトトギス)」は、『万葉集』より継承されてきた伝統的な歌題です。日本の夏の風物として『古今和歌集』に始まる勅撰和歌集の夏歌の中心的な歌題として詠み継がれました。

勅撰和歌集の四季部における夏歌の構成についても『古今和歌集』以降、大きく発展しました。『古今和歌集』の夏歌全体の歌数が34首であるのに対し、『新古今和歌集』の夏歌は110首撰集されており、夏部全体の歌数が格段と増えました。

また『古今和歌集』の夏歌では、「時鳥(ホトトギス)」を歌題とした歌が大部分を占めていましたが、『古今和歌集』以降「更衣」から始まる夏の歌題が定着し、「卯花」「橘」「五月雨」「蛍」「鵜飼」「納涼」など夏の風物が取り入れられ、歌題も多様化しました。『新古今和歌集』では、立夏から立秋へと繋がる旧暦の6月末に執り行われる穢れを払い息災を祈願する神事、六月祓(みなづきばらえ)までの季節の推移が、綿密な構成により整然と排列されています。『古今和歌集』以降、春と秋の間にある夏の情趣についても、細やかに季節の推移を捉え、見どころを見出していったことが窺えます。

俊成の一首は、夏の主要な歌題として詠み継がれてきた”ホトトギス”を同じく夏の歌題である、「五月雨」「橘」と併せて詠み、重層的に夏の情趣が表現されています。

俊成の一首からは、清少納言が五月雨の降る早朝、雨露を受けた橘の葉の緑と白い小花の美しさを讃えた、『枕草子』三十四段が思い起こされます。

五月ついたちなどの頃ほひ、橘の濃く青きに、花のいと白く咲きたるに、雨の降りかゝりたるつとめてなどは、世になく心あるさまにをかし。

五月雨とホトトギス、風によって辺りに漂う橘の花の香が一体となり、絵画のように初夏の一刻を伝えています。五月雨の降る朝方の仄かな明るさの中で捉えた、地上の瑞々しい葉の濃緑と点在する小さな白花の色彩美、天上には姿の見えないホトトギスの声が聞こえる雨雲、遠近2つの視点によって格調高く深遠な趣を醸し出しています。

余情豊かに詠み継がれてきた伝統的な歌題を深化させた一首を書で表しました。

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