
あふち咲く そともの木陰 露おちて さみだれはるゝ 風わたるなり(新古今和歌集:藤原忠良)
Afuchi saku sotomo no kokage tsuyu ochite samidare haruru kaze wataru nari
( Shinkokinwakashū:Fujiwara no tadayoshi)
楝(おうち)とは、栴檀(せんだん)の古名です。初夏、高く伸びた枝葉の基部に芳香のある薄紫の細やかな花を多数咲かせます。楝(おうち)の花が咲く戸外の木陰。そこに五月雨の雨露が落ち、雨上がりの風が樹木を渡っていくようだと詠まれた一首。一首を詠んだ藤原忠良(ふじわら の ただよし)は平安末期の後鳥羽院の歌壇で活躍した歌人の一人です。勅撰和歌集には、69首入集しています。
忠良の一首は、『新古今和歌集』夏歌で「五月雨」を歌題とした中に排列されています。
『枕草子』37段「木の花は」にて清少納言は、楝(おうち)の花について以下のように綴っています。
「木のさまにくげなれど、楝(おうち)の花、いとおかし。かれがれに、さまことに咲きて、かならず五月五日にあふも、おかし。」
楝(おうち)は、枝を広げた樹形は不格好ではあるが趣ある。枯れたようにみえながら、梅雨の長雨が降り続く陰暦の五月五日には薄紫の花を煙るように咲かせ、しっとりとした時節に相応しいと評しています。樹の梢を覆うように薫り高い薄紫の花を咲かせる栴檀(せんだん)は五月雨を受け、新緑の季節に清々しさを引き立てます。
忠良の一首は、栴檀(せんだん)の花に落ちた五月雨の雫の景色から、雨上がりの晴れ行く空に視点をを広げて渡る風を捉え、栴檀(せんだん)の甘美な香りが辺り一面に漂う光景を鮮やかに浮かび上がらせます。
鮮明な自然観照を瑞々しく詠まれた一首を書で表しました。

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