風吹けば 徒(あだ)に破(や)れ行(ゆく) 芭蕉葉(ばしょうば)の あればと身をも 頼むべき世か (山家心中集:西行)
Kaze fuke ba ada ni yare yuku bashouba no areba to mi wo mo tanomu beki yo ka (Sankashincyushū:Saigyō)
芭蕉の葉に託し詠まれた一首。西行の自撰になる『山家心中集』雑上にある一首です。
芭蕉は中国原産の多年草で、古くに渡来しました。大きな葉をつける所に特徴があり、鮮やかな緑の新葉が広がって行く姿は清々しく、雅趣があります。和歌の題材としては数少ないものの、『古今和歌集』に物の名に託して心を詠み込んだ物名(もののな)歌がみられます。
『古今和歌集』の物名(もののな)歌には、笹(さゝ)・松・(まつ)枇杷(ひは)・芭蕉葉(ばせをば)が詠み込まれています。心の内を表す、「心ばせ」に芭蕉を詠み込むため、「心ばせをば」と言葉を続けて詠んだ一首からは、芭蕉は葉を観賞する植物として親しまれていたことが窺えます。
いさゝめに 時まつにまにぞ ひはへぬる 心ばせをば 人に見えつゝ (古今和歌集:紀乳母 きのめのと)
西行の一首は、風が吹くと脆く破れやすい芭蕉葉に着目し、人の世は定まるところがなく、儚いことを詠みました。その心の内には風雨に打たれ、葉が破れながらも耐える姿が浮かび上がります。「破芭蕉(やればしょう)」という言葉で表現されるように、風雨でやつれた葉にもまた味わい深く風情があり、最期まで生き抜く力強さを感じさせます。芭蕉葉の大きさが音の強弱を増幅させて、風が止んだ後に訪れる閑寂さを際立たせます。
この芭蕉葉に我が身を喩えた一首は、西行を慕い『奥の細道』で陸奥への旅でその足跡を辿った松尾芭蕉を想起させます。
自然と人生を芭蕉葉に託した西行の一首を書と線描の芭蕉葉で表しました。