
清楚で気品ある白菊。古来より秋を代表する花として愛でられてきた菊の趣を和紙の白色としなやかな風合いによって表しました。
”White chrysanthemum”

にほんブログ村
白い清楚な花が清々しいタマスダレ。小さな花穂が愛らしいイヌタデ。軽やかで優しい風情のヨメナ。白い星形の小花が可憐な山野草、アケボノソウ。初秋を伝える花々を和紙の特性を生かして表し、ブーケにあしらいました。
”Autumn grasses”
秋、よく分枝した1年生の枝先のみ小花を咲かせるコウヤボウキ。キク科の植物らしい繊細で優しい花を咲かせます。しなやかな和紙の風合いによって表情豊かな花の風情を表し、和紙で象った蛤にあしらいました。
“Pertya scandens”
色とりどりの草の花で彩られる秋。軽やかで繊細な秋草、萩・河原撫子・嫁菜・秋麒麟草・桔梗をそれぞれの特徴に合わせた和紙によって表し、竹籠にあしらいました。
”Autumn grasses”
白い花びらに黄緑の斑紋とまばらにつく黒紫の斑点が味わい深い山野草、アケボノソウ。夜明けの空に例えられた花の風情を和紙の取り合わせと点描によって表しました。
”Swerita bimaculata”
地を這うように広がる葛。優しい赤紫の花穂を立て、葉裏を見せて風にそよぐ風情は涼やかです。蔓性の特質を和紙の取り合わせと繊維の強さによって表し、扇子にあしらいました。
“Kudzu vine”
ゆくすゑは そらもひとつの武蔵野に 草の原より いづる月かげ(新古今和歌集:藤原良経)
Yukusue ha sora mo hitotsu no musashino ni kusa no hara yori izuru tsukikage
( Shinkokin Wakashū:Fujiwara no Yositsune )
秋の武蔵野の原野に昇る月を心に想い、詠まれた一首。一首を詠んだ藤原良経(ふじわらのよしつね:九条良経)は、新古今時代を代表する歌人のひとりです。『新古今和歌集』の秋歌上で「月」を歌題として詠まれた中に排列されています。一首には次の詞書があります。
五十首歌たてまつりしに野径月(やけいのつき)
詞書には建仁元年(1201年)、後鳥羽院主催の「仙洞句題五十首」で月をテーマに原野の小径をイメージし、詠まれたことが記されています。
『万葉集』の東歌で武蔵野を詠まれた歌が収められてより、平安時代になって『伊勢物語』や『古今和歌集』などの物語や和歌に武蔵野の草原が取り上げられ、武蔵野への関心が高まりました。
紫の ひともとゆゑに 武蔵野の 草はみながら あはれとぞ見る (古今和歌集:よみ人しらず)
『古今和歌集』雑上に撰集された一首は、一本の紫草がある武蔵野の草すべてが、ゆかりのあるものとして懐かしく、愛しく思うと詠まれたものです。一首は武蔵野の紫草への愛着から発展し、女性を紫草に見立て、女性とゆかりのある人すべてが懐かしく思われると解釈されるようになりました。武蔵野への愛着を詠まれた古歌は共感を呼びました。『伊勢物語』41段では『古今和歌集』の上記の歌を踏まえ、「武蔵野のこころなるべし」と歌の心を物語に表し、武蔵野に寄せるイメージが印象付けられました。四方を山に囲まれた都の人は、遥か彼方を見渡せる原野に憧れ、想像しました。
良経の一首は、秋の夕空と一つになって遮るものがない武蔵野の原野から昇る月を想像し、歌に詠みました。
秋の武蔵野を詠んだ歌には、『古今和歌集』に次ぐ二番目の勅撰集『後撰和歌集』秋中のなかで秋草に寄せて詠まれた次の一首が見られます。
をみなえし にほへる秋の 武蔵野は 常よりも猶 むつまじきかな ( 後撰和歌集:紀貫之 )
秋の七草として万葉以来、たおやかな風情を女性に見立てられたオミナエシを秋の武蔵野の景として詠んだものです。貫之の一首は、紫草を詠んだ古歌に込められた武蔵野の地の温かさ、人の和やかさが感じられます。
秋草への愛好が深化した中世へと変革していく時代を生きた良経は、秋草が咲き乱れる草原を ”花野” と呼ぶように、「草の原」という詞によって ”花野” の風情を武蔵野に想い、イメージを膨らませたように思います。
四季の中でも色とりどりの草花で彩られる秋の野の美しい風景は、秋が深まるにつれて次第に色褪せ、一色の寂寥とした冬景色へと移ろっていきます。中世以降、武蔵野は秋を想わせる題材として定着し、文学・絵画・工芸など多彩な表現により、作品が生み出されていきます。
花野の小径を想像し、秋の武蔵野への憧憬を託した一首を書で表しました。
薄に月を取り合わせた一作。秋の草花の中でも萩に次いで万葉の人に愛でられた薄。薄の花は尾花とも呼ばれ、秋の柔らかな光や冴えた月の光を受けて揺らぐ光景は美しく、秋の気配を清らかに伝えて人の心を揺り動かします。
青い背景に清澄な秋の空気感をイメージし、和紙の軽さと強さを生かして花穂の風情を表しました。
“ Japanese pampas grass and moon”
穂にいづる み山が裾の 群すすき 籬(まがき)にこめて かこふ秋霧 (山家集:西行)
Ho ni izuru mi yama ga suso no mura susuki magaki ni kome te kakofu aki giri
(Sankashū:Saigyou)
西行の家集『山家集』秋巻上のなかで”霧中草花”と題された一首です。
薄は秋の七草に数えられているように、薄の花穂が秋風に靡く様や露を宿した風情、霧や月と取り合わせるなど自然事象を背景に歌に詠まれ、秋の情趣を伝える花として古来、愛でられてきました。
平安中期の『枕草子』の中で、薄について清少納言は次のように評しています。
秋の野に おしなべたるをかしさは 薄にこそあれ、穂先の蘇枋(すおう)にいと濃きが、朝霧にぬれて うちなびきたるは、さばかりの物やある。(第67段)
秋の野で趣深い秋草は薄であると述べ、しっとりとした朝霧の中で眺めるように、自然を背景に薄を観照することで花穂の風情は輝きを増し、心に響きます。
西行の一首は題しているとおり、秋霧に包まれた薄の群落を詠んでいます。
山裾に広がる花穂が立ち上がった薄の群れは霧が垣根となって包み隠し、幻想的な情景が浮かび上がります。
薄の穂波を隠す霧を籬(まがき)に見立てることで、薄はたおやかで優美な景物として抒情豊かに引き立てられます。
秋の野の気配を情趣豊かに伝える一首を書で表しました。