植物と文学:Plant in the literature」カテゴリーアーカイブ

冴えわびて

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さえわびてさむる枕に影みれば 霜ふかき夜の有明の月(新古今和歌集:藤原俊成女)
Saewabi te samuru makura ni kage mire ba shimo fukaki yo no ariake no tsuki
(Shinkokin Wakashū:Fujiwara no Toshinari no musume)

藤原俊成女(ふじわらのとしなりのむすめ)は、平安時代末期から鎌倉時代初めに活躍した女流歌人です。藤原俊成の養女で実母が俊成の娘にあたり、俊成は実の祖父にあたります。中世の初め、藤原俊成は余情静寂の美のあるものを幽玄として重んじました。
俊成女の歌は、余情妖艶美に優れたところに特徴があります。

冴え冴えとした冬の夜明け。身も心も消え入るばかりの侘しい想いを有明の月に託した歌。凍りつくほど冷たくなったと表現された枕には長い時間の経過と、悲しみの消えることがない嘆きが込められています。作者の心は言葉に現われず、枕元に月の光が差し込む先には深く置かれた霜があり、月の光と霜の白さによって打ち消されるように悲しみは心に沈められて浄化されていくのを感じます。

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初時雨

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世にふるはくるしきものを槙(まき)の屋に やすくも過ぐるはつ時雨かな(新古今和歌集:二条院讃岐)
Yo ni furu ha kurushiki mono wo maki no ya ni yasuku mo suguru hatu shigure kana
(Shinkokin Wakashū:Nijyouin no sanuki)

初時雨に寄せて想いを詠んだ歌を書で表しました。
二条院讃岐(にじょういんのさぬき)は、平氏と対立した源頼政(みなもとのよりまさ)の娘で、平安時代末期から鎌倉時代初めに活躍した女流歌人です。この歌は、後鳥羽院(ごとばのいん)が催された最大の歌合である「千五百番歌合」で詠まれたもので後世、和歌・連歌・俳諧へと多数の派生歌を生みました。
ぱらぱらと音を立ててさっと通り過ぎる時雨。時雨は、万葉集の時代から歌題として詠まれてきました。京都や奈良の地理的なもの、地形に依るところが時雨の風情に心を寄せることに繋がっていると思われます。木の葉を美しく色づかせて散らすものとして時雨は初冬の風物として捉えられていました。槙の屋とは槙の板で作った家をいいます。槙の板家は、初時雨の頃の季節感を背景にして侘びた寂しい風情を感じます。
槙の板家の屋根に雨音を立てて過ぎてゆく時雨。世のに生きながらえる苦しさを歌いながら、今年初めて聴く時雨の雨音に耳を澄まし、軽快で無邪気なものを雨音に感じて「やすくも」と表現したところは、無常観に留まらず自然観照によって得られた心安らかで静かな境地が感じられます。

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心あてに

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心あてに折らばやをらむ初霜の おきまどはせる白菊の花(古今和歌集:凡河内躬恒 )
Kokoro ate ni worabaya woramu hatushimo no oki madohaseru shiragiku no hana
(kokinwakashū:Ohshikouchi no Mitsune)

紀貫之(きのつらゆき)と並び、古今集時代を代表する歌人、凡河内躬恒(おうしこうちのみつね)の菊と霜とを見立てた趣向を詠んだ歌を書で表しました。

白に象徴される円熟の秋。露の冷気が霜となって降り始める頃、凛とした空気に冬の気配を感じます。白菊の咲く庭の景色が、初霜によって昨日までと一変したことが印象付けられ、”初霜”という詞に込められた感動が伝わってきます。

後世、古今和歌集の他にも多数撰ばれ、数多くの派生歌を生みました。
源氏物語第4帖「夕顔」にある「心あてにそれかとぞ見る白露の光そへたる夕顔の花」は、躬恒の歌からも発想を得ていると思われます。
なかでも、藤原定家(ふじわらのさだいえ)が『定家八代抄』、『詠歌大概』、『百人一首』に撰んだ歌として印象的です。定家の歌にも躬恒の歌から本歌取りしたものがみられます。

白菊の籬の月の色ばかりうつろひ残る秋の初霜

白菊、初霜、さらに月の光を取り合わせ、白を基調とした背景に心を詠んでいます。
定家の詠んだ和歌からは、白の持つ静謐、神聖、清浄無垢なイメージからどの色よりも艶やかに見え、寂寥感がいっそう深まって”あはれ”を誘うと感じ取った心が窺えます。

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秋の夕暮れ

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見渡せば花も紅葉もなかりけり 浦の苫屋(とまや)の秋の夕暮れ(新古今和歌集:藤原定家)
Miwataseba hana mo momiji mo nakari keri ura no tomaya no aki no yufugure
(Shinkokin Wakashū:fujiwara no Sadaie)

鎌倉から江戸時代までの中世から近世へと時代が変遷していく過程で、「侘び」「寂び」という言葉に表現される、閑寂・簡素・枯淡の境地に美意識を見出していく背景には和歌文学の伝統がありました。
そのなかで、新古今和歌集の秋部に”三夕の歌 ”として寂蓮(じゃくれん)・西行(さいぎょう)の歌と並んで配列されている藤原定家(ふじわらのさだいえ)の和歌は、侘び茶の精神を象徴する和歌としてよく引用されます。
千利休の侘び茶を伝える『南方録』(なんぼうろく)で、侘び茶を切り開いた村田珠光(むらたしゅこう)の後を引き継いだ利休の師、武野紹鴎(たけのじょうおう)が「花紅葉を知らぬ人の、初めより苫屋には住まれぬぞ。ながめながめてこそ、苫屋のさびすましたる所は見立てたれ。これ茶の本心なりといわれしなり。」と定家の歌を引き、色彩豊かな花紅葉を眺めつくしてこそ、苫屋の侘びた寂しさが見出され、これこそ侘び茶の心であると説いています。

『南方録』は、利休の没後100年ほど経た江戸時代の元禄年間に福岡藩の家老、立花実山(たちばなじつざん)によって編まれたとされています。利休の死から100年、利休の侘び茶に回帰しようとする流れが起こった時期のものです。成立に謎や疑問の残る書ではありますが、利休の侘び茶を理解する上で参考になる書です。元禄年間に興った侘び茶への回帰の流れは、本阿弥光悦・俵屋宗達を始祖とした琳派の系譜を受け継ぐ尾形光琳・尾形乾山兄弟の作品の内にも反映されているように感じます。
また、1906年 (明治39年)に ニューヨークで出版された岡倉天心の『茶の本』の第4章「茶室」のなかにも「露地のしつらえ方の奥意は次の歌の中にある」として定家の歌を引いています。
花紅葉の華麗で感覚的な見た目や形の美しさと対照的な苫屋以外みえない景色は、「侘び」「寂び」で表現される奥底にある目に見える形ではない心の美、命の再生を内包する枯野の美が想い起こされます。

移ろい行く自然をあるがままに受け入れ、必要のないもの一切を削ぎ落とすことで生まれる閑寂の世界を表現した一首を書で表しました。

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秋深み

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秋ふかみ身にしむ風の夜半をへて 月もうれふる色ぞ添ひゆく(永福門院)
Aki fukami mi ni shimu kaze no yoha wo hete tsuki mo urefuru iro zo sohi yuku (Eifukumonin)

鎌倉時代、永仁五年(1297年)に行なわれた十五夜歌合の一首。永福門院は、伏見天皇の中宮となり、伏見天皇の譲位によって伏見院となられたのに伴い、門院となられました。伏見院と共に京極派を代表する女流歌人として歌壇で活躍されました。自然を深く凝視し、女性らしい感性で視覚・聴覚で捉えたものを詞に表現されました。門院の御歌の特徴は、自然事象を光・色彩・時間・距離感・動きによって感覚的に表現されたところにあります。
風によって悲哀の情をかき立てる秋。月の色も秋風によって伝えられた秋の心を受け、憂いを帯びた色に添えられていくのを感じ取った心を”色”という詞に込めた御歌を書で表しました。

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時ありて

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時ありて花も紅葉もひとさかり あはれに月のいつもかはらぬ(風雅和歌集:藤原為子)
Toki ari te hana mo momiji mo hito sakari ahare ni tsuki no itsu mo kawaranu
(Fuugawakashū:Fujihara no Tameko)

2015年の中秋の名月は、9月27日。古来、” もののあはれ ” の情趣を誘うものとして四季の移ろいと並び、月に心を託してきました。
春の花、秋の紅葉にはそれぞれに1年の内でも見ごろの時季があり、限られた一瞬の短い間、きらめくように美しい姿をみせてくれます。それに対して月は1年を通じて見ることができるものです。月にも満ち欠けがあり、日が経つにつれて見せる姿、形は移ろっていきます。
為子(ためこ)の歌は、四季を通じて自然をみた時、月だけは空にあり続けることがいっそう哀しさを誘うと捉えたところが中世の複雑な時代背景を感じます。風雅和歌集では雑(ぞう)の部に採られており、月の満ち欠けに ” あはれ ” を感じる視点とは異なる見方が印象的です。

盛りを過ぎて消えゆく花・紅葉を人の世の儚さに重ねて対比させ、不変の月に”あはれ”を想い心を託した歌を書で表しました。

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萩の花

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萩の花くれぐれまでもありつるが 月いでて見るになきがはかなさ ( 金槐和歌集:源実朝 )
Hagi no hana kuregure made mo aritsuru ga tsuki ide te miru ni naki ga hakanasa
(Kinkaiwakashū:Minamoto no Sanetomo)

源実朝の家集『金槐和歌集』にある一首。秋の月と萩を詠んだ和歌を書と萩の描画によって表しました。
実朝は、藤原定家に和歌を師事し、『万葉集』に心を寄せていました。実朝の歌は、自然観照を通して万葉的な率直な調べの中に、中世的な哀感を漂わせています。
秋を代表する花として詩歌に詠み継がれてきた萩。歌の詞書には、「庭の萩わづかにのこれるを、月さしいでてのち見るに、散りにたるにや、花の見えざりしかば」とあります。日暮れまで残っていた可憐な萩の花。萩の花が月の光に溶け込んでしまったか、散ってしまったのか見えなくなってしまったと命の儚さを秋の月と取り合わせ、繊細な感覚で捉えています。歌を人生的にみた、感受性の強い実朝らしいものを感じます。

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をみなへし

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人の見ることや苦しきをみなへし 秋霧にのみたちかくるらむ(古今和歌集:壬生忠岑)
Hito no miru koto ya kurusiki wominaeshi aki giri ni nomi tachi kakuru ramu
(kokinwakashū:Mibu no Tadamine)

『古今和歌集』の秋部に配列されている歌の詞書には、「朱雀院の女郎花合(をみなへしあはせ)にてよみたてまつりける」とあります。詞書にある「女郎花合(をみなへしあはせ)」とは、オミナエシの花に和歌を添え、花と歌の優劣競い合った歌合(うたあわせ)で、898年に宇多上皇が主催しました。
この歌合には、壬生忠岑(みぶのただみね)をはじめ、凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)、藤原興風(ふじわらのおきかぜ)、紀貫之(きのつらゆき)、源宗于(みなもとのむねゆき)、女流歌人の伊勢(いせ)など古今時代を代表する歌人が招かれました。

秋の七草のひとつ、オミナエシ。『万葉集』に撰集された歌が詠まれた上代、女郎(をみな)には若い女性、高貴な女性、佳人の意味を込めていました。『万葉集』の歌にみられるオミナエシを女性に見立てたイメージは、受け継がれていきました。
風になびく姿がたおやかなオミナエシを高貴な女性に見立て、秋霧が隠すという趣向の歌を書と描画で表しました。

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葛の葉

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吹きまさる風のままなる葛の葉の うらめづらしく秋はきにけり(玉葉和歌集:一条実経)
Fuki masaru kaze no mama naru kuzu no ha no ura medurasiku aki ha kini keri
(Gyokuyouwakashū:Ichijyou uchitsune)

風の吹くままに葉裏をみせる葛の葉に秋を感じ、「うらめづらしく」と心惹かれる想いを詠んだ歌です。「うらめづらしく」の「うら」には、葉の裏と心の内が重ね合わされています。葛は、風と取り合わせて和歌に詠まれることが多く、花よりも葉が注目されていました。
風が激しくなり、野辺の葛の葉が吹き返されて白く波立つ情景が浮かび上がってみえます。時の移ろい、肌で感じた冷気、風の音、葉の動き、野辺の空気感など五感で感じた秋の情趣が伝わってきます。

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涼しき影

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むすふてに涼しき影をそふるかな 清水にやとる夏のよの月(西行法師家集:西行)
Musufu te ni suzushiki kage wo sofuru kana shimitsu ni yatoru
natsu no yo no tsu ki (Saigyouhoushikashū:Saigyou)

手で掬った清水に映った「夏の月」を詠んだ西行の一首を書で表したものです。
納涼を感ずる対象として詠まれた「夏の月」。自然を詠んだ西行も月をよく詠みました。
泉の澄みきった透明感とひんやりした手の感触、涼やかに白く輝く月が合わせられ、より清涼な印象が深まって感じられます。
水に宿る月には、白く輝く月に託した清らかで揺るがない心の深さを感じます。

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